フランク王国成立までの略史は

300年ゲルマン諸族がローマ帝国のガリア国境…ライン河畔で略奪行為を行うようになる。

これら諸族は集合離散を繰り返し、後に総称としてフランク族となる。

354年ローマ帝国北部のガリア国境が崩壊し、フランク族がガリアに一斉に侵入。

ローマ帝国はフランク族にトクサンドリアに領地を与え、傭兵とし、他のゲルマン諸族の侵入に対する防壁とする。

傭兵としての約1世紀の間に、フランク族の生活にローマ文化が浸透する。

440年ローマ正規軍がガリアから撤退し、トクサンドリアのフランク族が南下を開始。

446年北ガリアで、フランク族諸族の王の中で、海の神の子孫と称されるメロヴィクスが頭角を現す。

メロヴィクスの軍はトルネイでローマ軍と対峙したが、休戦協定でトルネイを領有。

ふたたびローマ軍の傭兵となる。

メロヴィクスはトルネイを拠点に徐々に勢力を拡大。

451年ローマ軍に徴用されたフランク族は、ガリアのシャロンでアッティラ王に率いられたフン族との戦争を行う。
update:2010年07月25日